身体のいいなり

- 作者: 内澤旬子
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2010/12/17
- メディア: 単行本
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ブックデザイン:葛西恵
イラスト:内澤旬子
1,300円
上製 220ページ
カバー : ? マット系
帯 : ?
帯にあるように『新境地エッセイ』なのである。
乳癌の闘病について触れているものの、それらは軸の一つでしかなく、身体や環境の変化にふりまわされる、著者自身の内面について書かれている。
いや、一般的な闘病記に精神性が描かれていないという訳ではなく『意志を肥大化させてきた』からこそ、ふりまわされて一つの結論に達することが出来たということではないだろうか。
身体の物理的な影響を逃れることはできない。
(中略)
癌を通じて、私の意思は一度身体に降参し、身体のいいなりになるしかなかったのだ。
ふだん、闘病記とつく本は手にとらない。それは自分が臆病で怖いものを見たくない、ただそれだけなんだけれど、頻繁に足を運ぶ書店のちょっと変わった位置にこの本が置かれており、何度も(何日も)表紙と目が合ってしまったのだよ。
とても良いイラスト(著者本人によるもの)だとおもう。シンプルな造りのカバーも帯のコピーも、どれも良い。
読めば細かな点で同感し、息苦しくなり、感想が書き難くなってくる。
100パーセントの理解など有り得ないのだろうけれど、自分が持ち合わせた感想や行動に読めてしまい、強く頷いてしまう。
そういう本です。
黄昏に眠る秋

- 作者: ヨハンテオリン,Johan Theorin,三角和代
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/04/08
- メディア: 新書
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装幀:水戸部功
1,800円
上製 480ページ
スウェーデンの東、バルト海に面したリゾート『エーランド島』で起きた少年の失踪事件で傷ついた家族が、真相を知るまでの物語。
事故なのか事件なのか何も判らないまま20数年が経った秋に物語が動き出し、失踪直前に少年が出会った島きっての悪人ニルス・カントの物語も描かれる。
深い靄、海風を受けて低く茂るジュニパー、ひとけの無い島の物語は静かに進み、登場人物もさほど多くない。少年の母親は精神的にかなりまいっているし、その母親の父親(少年のおじいちゃん)は頭脳明晰ながら神経痛で思うように動けない。ミステリーなので謎が提示され、それを追う形ではあるが、自己中心的な島の悪人ニルスの物語が平行して進み(まるで二車線の道路のように)、時代設定が違うものの少年の失踪に関わっているだろうことがにおってくる。いったい何があったんだ!?と頭を掻きむしりトリックを探る小説ではない。
作中ではミステリの部分以上に、相手を思いながら言葉少なくすれ違ってしまう家族や、古くから島に伝わる逸話に惹き付けられる。ヘニング・マンケルのヴァランダーシリーズでも父親となかなか打ち解けられなかったんだなあ、そこが北欧らしさなのかなあ、などと思いながら読み進めると最後の最後で驚きの展開が待っている。
亡霊は目の端っこでいちばんはっきり見えるんだ
少年のおじいちゃんのイェルロフはこう言う。
少年の失踪に関わっているらしい(ネタバレではあるが本文でも冒頭で明かされてるので書いてしまおう)怪しいニルスの存在は、ページを進めると亡霊からやがて実体に変わる。実体に変わったところから、シリアルキラーのような異常者ではないニルスにほんの少しだけ同情する。金持ちじゃなかったら?母親の性格が違っていたら? 亡霊のままでいたほうが、憎しみを向けやすいものなのだ。
ハヤカワさんは、ポケミス新世代作家として連続刊行を実施中。
この作品の前は全く違うタイプのアメリカのミステリーだった。

- 作者: デイヴィッド・ゴードン,青木千鶴
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/03/10
- メディア: 新書
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装幀:水戸部功
1,900円
上製 456ページ
小説家でありつつも、お金のためセレブ高校生の家庭教師をする主人公に刑務所で極刑を待つシリアルキラーから手紙が届く。主人公が動き出すとたんに、連続殺人がおこる。その手口は刑務所のシリアルキラーのものと同じである上に、被害者はシリアルキラーにファンレターを書いた女性達であり、主人公が取材した直後に殺されていた。
弱気な小説家がペンネームで書いているポルノ、SF、ヴァンパイヤ小説が入り交じり、そこにコアなヴァンパイヤ小説ファンの存在が点滅、セレブな女子高生が生意気で可愛らしく、最初の被害者の双子の妹は美女で大学生で心理学も勉強しつつストリッパーでもちろんセクシーで、個性的な弁護士やFBI特別捜査官も出てくる。この先、たいへんなことになるよね? とおもったとうりに事が運ぶ。それも折り込み済みで、きっと、このミステリは書かれてる。少々盛り込み過ぎのきらいはあるけれど、ぐいぐいと引っ張ってくれる。本を読んだり、その世界に入り込むことを愛してやまない読者に沢山の(沢山すぎるかもしれないけれど)メッセージを放っている。
もちろん、本流のミステリ部分のヒントもきちんと書いている。
昔ながらの月並みなテーマをなぞってきたにすぎない。
裏切り、復讐、恐怖、逃避。そして、愛。
『二流小説家』はミステリや、特殊な設定(殺人者との文通、ヴァンパイヤ小説、ポルノまじりのSF)にのめり込む人たちも描く。そこに少し、愛情を感じる。
上の引用文は『二流〜』のものだが『黄昏に眠る秋』も、その月並みなテーマ全てを使って描かれている。静かに、海に沈む夕日のように描かれている。
対照的な二作だけれど、どちらも面白い。
ポケットブック版のサイズ、黄色い小口、装丁もとても良い。
2011年4月に読んだ本
尼僧とキューピッドの弓

- 作者: 多和田葉子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/07/24
- メディア: 単行本
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装幀:吉田浩美 吉田篤弘(クラフト・エヴィング商會)
1,600円
上製 240ページ
カバー : ? タイトル、イラスト 箔押し
帯 : マーメイド?
熟年の尼僧たちと彼女たちを取材した主人公の「わたし」の、修道院での暮らし。慎ましく、静かな日常の中ににじみ出る、女たちの個性が描かれる。しかも、和名のあだ名付きで。
ドイツの修道院が舞台だが、作中に出てくる『弓』は日本の弓道のもので、カバーイラストには違和感が残る。
尼僧院長は、修道院で弓道の指導をうけ、その指導員と駆け落ちしてしまうのだ。修道院で、サムライの道具なんて! と尼僧は言うが、弓道は実践向きのものではなく、集中を促すための鍛錬である。イラストのように弓を斜めに持つ事などしないし、的にあてる事が目的ではない。(型を重視するため)
そんな鍛錬のさなかに尼僧が恋に落ちてしまうので、タイトルでもあるキューピッドが出てくるのだろうけれど、表現で使用される「ハートを射抜かれる」のは『矢』であって、タイトルは『弓』である。
というあたりの違和感と、取材そのものが小説になっているように感じる違和感がシンクロして不思議な読後感である。
第一部の主人公が日本人の「わたし」である事は、第二部で空気感を替えるための演出なのだろうか。
そして、若干の意地悪を。

- 作者: 岸本佐知子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2010/01/06
- メディア: 文庫
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カバーデザイン:クラフト・エヴィング商會
600円
単行本 228ページ
ちくま文庫なのに、雑誌「ちくま」に掲載されたのに、講談社エッセイ賞を受賞した一冊。
止めどなく溢れ出す妄想に混じり合う現実に見覚えがあると感じた瞬間、次を読みたくなってしまう。中毒性あり、注意されたし。
短歌ください

- 作者: 穂村弘
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2011/03/18
- メディア: 単行本
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装丁:川名潤(pri graphics inc.)
絵:陣崎草子
1,400円
上製 256ページ
カバー : OKミューズキララ ホワイト
帯 : OKミューズキララ ホワイト
140文字よりも短い言葉で綴られる、一瞬から永遠までの間の何かを描いた魅力的な短歌を、これまた魅力的な歌人が講評している。
カバーに使われた紙やイラストのようにキララな一冊。
作者の「男って何故『ランボルギーニカウンタック』が好きなのでしょうか」とのコメントに
女が『ミナ ペルホネン』を好きなのと似て……、ないかなあ
と答えるあたりがツボです。
ハーモニー

- 作者: 伊藤計劃
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/12/08
- メディア: 文庫
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カバーデザイン : 水戸部功
720円
文庫本 : 384ページ
半世紀前に起きた大災禍(ザ・メイルストロム)によって世界中に核弾頭が落ち、放射能によって癌が発生、未知のウイルスがはびこる。そこで世界は政府を単位とする資本主義的消費社会から、健康を第一に気遣う生府を基本単位とした医療福祉社会へ移行する。
Watch Meと呼ばれる恒常的体内監視システムが、分子レベルで健康を保ち、幸福と平和を保つユートピアを築く。人間に潜む痛みや悩みを外注に任せた後に残る『夢も希望も忘れたユートピア』で起きる混乱は、果たして悪夢なのか。
人間は絶えず「自然」を抑え込んできた。
都市を築き、社会を築き、システムを築いた。
全ては自然という予測不可能な要素の集合を、予測し統制する枠組みへと抑え込もうとする人間の意思の現れだ。そして人間は、核と疫病の時代を生き延びるために、最後に残された自然を抑制しようと試み、それにおおむね勝利している。
〈中略〉
そして、脳もまた肉体の一部である以上、それを制御してはならない根拠など、どこにあるだろうか。
痛みや苦しみの無い(そのため夢も希望もない)ユートピアに、人を自殺に追い込むシステムが動き出す。
文庫本の装丁は、カバーも帯も真っ白で、デビュー作で真っ黒な装丁の「虐殺器官」と対をなす。きっと、これ以上ハマるデザインは無いと思う。
と、同時に、闘病生活のさなか痛みのまっただなかで書いていた作家を思わずに居られない。
(2009年3月20日逝去されました)