黄昏に眠る秋

黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

装幀:水戸部功
1,800円
上製  480ページ


スウェーデンの東、バルト海に面したリゾート『エーランド島』で起きた少年の失踪事件で傷ついた家族が、真相を知るまでの物語。
事故なのか事件なのか何も判らないまま20数年が経った秋に物語が動き出し、失踪直前に少年が出会った島きっての悪人ニルス・カントの物語も描かれる。

深い靄、海風を受けて低く茂るジュニパー、ひとけの無い島の物語は静かに進み、登場人物もさほど多くない。少年の母親は精神的にかなりまいっているし、その母親の父親(少年のおじいちゃん)は頭脳明晰ながら神経痛で思うように動けない。ミステリーなので謎が提示され、それを追う形ではあるが、自己中心的な島の悪人ニルスの物語が平行して進み(まるで二車線の道路のように)、時代設定が違うものの少年の失踪に関わっているだろうことがにおってくる。いったい何があったんだ!?と頭を掻きむしりトリックを探る小説ではない。

作中ではミステリの部分以上に、相手を思いながら言葉少なくすれ違ってしまう家族や、古くから島に伝わる逸話に惹き付けられる。ヘニング・マンケルのヴァランダーシリーズでも父親となかなか打ち解けられなかったんだなあ、そこが北欧らしさなのかなあ、などと思いながら読み進めると最後の最後で驚きの展開が待っている。

亡霊は目の端っこでいちばんはっきり見えるんだ

少年のおじいちゃんのイェルロフはこう言う。
少年の失踪に関わっているらしい(ネタバレではあるが本文でも冒頭で明かされてるので書いてしまおう)怪しいニルスの存在は、ページを進めると亡霊からやがて実体に変わる。実体に変わったところから、シリアルキラーのような異常者ではないニルスにほんの少しだけ同情する。金持ちじゃなかったら?母親の性格が違っていたら? 亡霊のままでいたほうが、憎しみを向けやすいものなのだ。

ハヤカワさんは、ポケミス新世代作家として連続刊行を実施中。
この作品の前は全く違うタイプのアメリカのミステリーだった。

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

装幀:水戸部功
1,900円
上製  456ページ

小説家でありつつも、お金のためセレブ高校生の家庭教師をする主人公に刑務所で極刑を待つシリアルキラーから手紙が届く。主人公が動き出すとたんに、連続殺人がおこる。その手口は刑務所のシリアルキラーのものと同じである上に、被害者はシリアルキラーにファンレターを書いた女性達であり、主人公が取材した直後に殺されていた。

弱気な小説家がペンネームで書いているポルノ、SF、ヴァンパイヤ小説が入り交じり、そこにコアなヴァンパイヤ小説ファンの存在が点滅、セレブな女子高生が生意気で可愛らしく、最初の被害者の双子の妹は美女で大学生で心理学も勉強しつつストリッパーでもちろんセクシーで、個性的な弁護士やFBI特別捜査官も出てくる。この先、たいへんなことになるよね? とおもったとうりに事が運ぶ。それも折り込み済みで、きっと、このミステリは書かれてる。少々盛り込み過ぎのきらいはあるけれど、ぐいぐいと引っ張ってくれる。本を読んだり、その世界に入り込むことを愛してやまない読者に沢山の(沢山すぎるかもしれないけれど)メッセージを放っている。
もちろん、本流のミステリ部分のヒントもきちんと書いている。

昔ながらの月並みなテーマをなぞってきたにすぎない。
裏切り、復讐、恐怖、逃避。そして、愛。

『二流小説家』はミステリや、特殊な設定(殺人者との文通、ヴァンパイヤ小説、ポルノまじりのSF)にのめり込む人たちも描く。そこに少し、愛情を感じる。

上の引用文は『二流〜』のものだが『黄昏に眠る秋』も、その月並みなテーマ全てを使って描かれている。静かに、海に沈む夕日のように描かれている。

対照的な二作だけれど、どちらも面白い。
ポケットブック版のサイズ、黄色い小口、装丁もとても良い。